東北関東大震災に寄せて

本年3月11日、観測史上初めて、世界的にも4番目の規模と言われるM9.0の東北地方・太平洋沖大地震が発生しました。

海洋プレートが大陸プレートにもぐりこんだ形で数100キロにわたる地域での大きな地震が頻発し、リアス式海岸として有名な三陸海岸の複雑な海岸線沿いの都市・町・村を巨大な生き物のような津波が襲いました。

原型をとどめない惨状は正視できない状態で、数えきれない人々の生命・財産・思い・希望を奪い去りました。

お亡くなりになった方々のご冥福を心からお祈りするとともに、行方不明となっている方々の安否が本当に気にかかります。

さて、私たちの住む大阪市は淀川区は本当に大丈夫なのでしょうか? また新潟県中越地震は、地震規模・被害ともに17年前の阪神・淡路大地震を否応なくわれわれに思い出させました。

自然災害は忘れた頃にやってくると昔から言われてきましたが、最近の実感としては忘れる前にやってくるような気がします。

南海大地震や東南海大地震の予測データなどから見ても、ヒトの短い一生のうちに二度あるいは三度大きな地震を経験することにならないという保証はどこにもありません。

私たちは地震直後に防災グッズを枕もとに置いたり、飲料水や簡易燃料のストックなども心がけていたはずです。

日が経つにつれて、人間は悲しみや恐怖をどんどん忘れてゆきますし、それによって救われている一面も確かにあります。

ですが、災害の予測が立たない以上、最低限の備えはいつなんどきでも大事だと思います。

避難が必要なときに実際どうするのか・・・ということを考えてみましょう。

大阪市では危機管理室(05年4月より常設)から避難勧告・避難指示が危険の切迫によって発せられ、区役所や小・中学校・防潮堤などに設置された『同報無線』の屋外スピーカーにより一斉に直接放送される災害情報や報道機関(ラジオ・テレビ)の情報、広報車などによって伝えられます情報をもとに速やかに行動を起こしてください。

あらかじめ避難経路や避難場所を家族で確認しあっておくことはとても大切な事です。

また、避難勧告・指示が出ていなくても避難所に行っても大丈夫です。

追い返される事はありません。

逆に自己判断で避難しなかったり、被害現場を自分で確かめようとしたり、消防・警察などに不要な問い合わせは控えるようにしたいものです。

また、電話回線はパンクしてしま固定電話も携帯電話もつながりにくくなくなりますが、市では市庁舎と各区役所・関係機関を無線でつなぎ、さらには連合町会長・議員に防災無線で地域と行政が連絡を取り合えるように備えています。

NTTの「171」サービスや携帯電話会社の伝言版サービスなどを日頃からチェックしておいて下さい。

また、皆さんのご近所の高齢者や就学前の幼児、介助を必要とされる障害者がおられる場合には家族同様その安否確認と避難の手助けをする事が“地域力”です。

阪神大震災、三宅島噴火、新潟大地震の時などにも地域の助け合いは貴い人命をいくつも助けました。

最近ではJR尼崎脱線事故の際、事故現場付近の工場や住民の連携で、救急車などに代わって病院への搬送を助け、大いに人命救助、素早い手当てができたと言う事です。

いざと言う時には非常時を想定したきめ細かなネットワークと訓練がものを言います。

是非皆さんの地域でもご近所でも、一歩踏み込んだ災害時ネットワーク作りを考えてみられては如何でしょうか。

それが小学校区単位の”自主防災組織”です。これはあちらこちらの市政報告会でお話しているので、ご存知の方も多いと思いますが、避難所となっている小学校や中学校・高校で受援対策や避難誘導、部屋割り、炊き出し、配給体制などをシュミレーションして行き、いずれは抜き打ちや夜間などの実際の避難訓練をするまで、徐々に精度を上げて行くものです。”自主防災組織”の立ち上げは各連合ごとに進捗状況は違いますが、地域活動団体の枠や垣根を越えて、取り組んでいただきたいと心から思っています。

それには、ぜひ地域にいる中学生を巻き込んでほしいと思います。体格も判断力も大人なみに成長した中学生は頼もしい地域の若い力です。高校生以上は地元にいない時間帯のことを考えると中学生のときにしっかり3年間、地域防災のことを知識と体験で修得すれば、卒業してからもきっと役立つことでしょうし、毎年毎年数が増えて行きます。

さて、本題に戻りますと避難場所はどこ?という話ですが、『広域避難場所』は淀川区では十三大橋より上流の淀川河川敷公園などです。

ただし大雨・地震の時は余計危ないような気もいたします。

また、『収容避難所』は主に公立幼・小・中・高等学校などで災害救助物資の備蓄が平時からあり、収容可能人員は場所によって異なりますが、状況に応じて臨時・仮設の収容避難施設は自衛隊・役所・民間の力を借りて作られていきます。

当然、収容避難所である体育館や教室は耐震・免震工事を進めて行っており、おおむね市内の公共建築物は耐震補強が完了しました。

また大阪市住宅局では、耐震回収資金の融資制度などを利用しての自宅の地震対策もバックアップしてくれています。

また耐震強度の診断も請け負っています。

それから、避難生活にはどうしてもそれに伴うケガ人・病人が発生します。

そのためにも年に1回行なわれる区の防災会議には地元医師会が出席し万が一に備えています。

区内には10病院ベッド数1141床あり区内に多数に被災者が発生したときの各病院への搬送、収容方法などの検討がなされています。

特に大事なのは、現場の医師・看護師による現場での初期医療を受け、重症度の判別(トリアージ)を受け、単独では行動しないと言う事です。

パニックにならず冷静さこそが肝心。

ショック状態は皆同じと考えて、励ましあって、声をかけあって避難生活を乗り切りたいものです。

また、一時間に50ミリ以上の激しい雨が降るなど、台風・集中豪雨に備えて、淀川区では平成3年度から三津屋地区周辺から始まり、西淀川区の姫島・野里などで本格的に始まり、いわゆる『淀の大放水路』建設工事が今も続けられています。

淀川北岸の下水道幹線とポンプ場・雨水貯留池などによって、浸水対策の抜本的な事業として目には見えませんが私たちの生活を守ってくれていることはあまり知られていません。

しかしこれも60ミリの雨量に対する浸水対策事業であり、現在頻発している、いわゆるゲリラ豪雨には到底対応できません。まだまだ時間のかかる大規模な工事ですが、完成区間では既に機能しており、これからもその進捗を見守っていきたいと思います。

津波被害の恐ろしさを改めて思い知らされたわが国において、1000年に一度とはいわれるものの、30年以内には確実にくるといわれている、東南海・南海大地震に対する備えを議会でも真剣に議論していく必要があるとあると思います。今回の地震で、M9.0という想定外の地震をこれからは基準に考えて行かなくてはなりません。

災害に強い町を作るのは一朝一夕にはできませんが、自然には逆らえない、自然とともに生きて行くのだという気持ちを忘れないようにして日頃の備えを各自で忘れないようにすることが何より大切だと思います。われわれ議会としてもしっかりとした災害対策を構築するためがんばって行きたいと思います。